第2話「二人の依頼人」

ある日、私たちの部屋に男女が訪ねてきた。

「素敵なお部屋ですね。この近くに私の先生が住んでいて、この辺りは良く来るんです」

私が友人から習った観察を行うまでもなく、男は神経衰弱を患っているようで元気がない。

「これ私が描いた絵本ですの、よかったら読んでください」

女性のくれた小さな絵本にはかわいい動物たちの日常が描かれており、その絵のタッチと文章の構成力に、わたしはとても惹かれた事を覚えている。

「さぁ、おかけください」

友人はいつもより機嫌が良いようで、2人にソファを進めながら、両手の指先を合わせ、男が何も語らぬうちに話しかける。

「なるほど、日本の方ですね。学校の先生をしている。そしてロンドンにはシェイクスピアの研究をされにきた。ご自身も文筆家でもある。残念ながら、この国の水は合わないようですね。」

男は驚きの表情を見せる。

「その通りです。教師をしています金之助です。日本人です。」

「あなたは」と今度は女に目を向ける。

「長旅ご苦労さまでした。湖のそばにお住まいで、今日は長い時間、馬車と汽車に揺られて来た。そして、絶対に成し遂げなければならない目標がおありのようだ」

「はい、その通りです!助けて欲しいんです。あなたなら絶対に取れると思うんです。」

「取る?と言うと?」

「どうしても取りたい、取らなければいけないウサギがあるんです」

「よろしい。では早速出かけるとしよう。行こうドクター」

私だけが事態を飲み込めぬまま、我々4人を乗せた馬車は走り出す。

ナレーター&文:佐々木健

第1話「魔法のランプに願いをこめて」

私たち夫婦が「コアラの街」と呼ぶその町にあるイタリアンレストランでは、魔法のランプを注文できる。

「いらっしゃいませ」

優しい笑みを浮かべた目鼻立ちの整った好青年が出迎えてくれた。

「予約したものです。魔法のランプをお願いします」

それはジャムの瓶より少し大きな、入口が小さく底が丸いガラスの瓶で、小皿で蓋をされて出て来る。瓶の中では白い煙が充満し、うごめき、時を待っている

「おまたせしました。豚肉の薫製 特製スモークポーク 魔法のランプです」

こんなに美味しいものはここでしか食べられない。肉は柔らかくスモークされ、肉そのものが持つ旨味を最大に引き出した濃密な味わいに心が躍る。

この店では客が蓋を開け、立ちのぼる煙に願いをかける

数年前、この店に訪れた僕は、瓶の蓋を開けて、煙が立ちのぼる様子に目を輝かせる彼女に言ったんだ

「僕には、金も地位も名誉もないけど、ジーニーのように魔法のランプから出て、君を笑わせる。君を守りたいんだ」

ランプに閉じ込められた魔人は、燻製のようにじっと閉じ込められながら熟成し、白い煙とともに僕の願いを叶えてくれた。

「ねぇ君、今日はどんな願いにする?」

2020.8.6 文: 佐々木健(初稿)